• The Rainy Season

    僕の通う女子高は、田んぼのど真ん中にある。近くにコンビニもなければ、最寄り駅には駅員もいない。
    最寄り駅と言っても、学校からは歩いて15分程かかるから、自転車で通った方が効率的かつ経済的だ。
    でも、生徒の多くは電車を使う。なぜなら、彼女たちは電車に「出会い」を求めているからだ。
    単線の列車には、出勤ラッシュと言われる時間帯でも、近隣の高校や大学に通う学生しか乗っていない。そのうち半分くらいは、女子高の生徒だ。
    彼氏のいるクラスメイトのほとんどが、電車で「出会い」を見つけている。
    彼氏ができて、別れて、別の人と付き合って。そういう話を聞くとき、僕はいつも自分とは別世界の話をされているように感じる。
    僕は「好き」という感情が、よく分からない。
    恋愛における「好き」(=love)と、そうではない好き(=like)の境目がどこにあるのか、いつも疑問に思っている。
    もし、性別だけがその境目を作るのなら、僕が彼女に抱く感情は何なのだろう?

    彼女と出会ったのは、朝からしとしと雨が降る日だった。梅雨らしい、湿り気をおびた空気が体にまとわりついて、僕は少し憂鬱だった。
    屋根のないホームから僕が電車に乗り込んだとき、彼女は一人、反対側にあるドアの近くに立っていた。
    白いワンピースに、赤茶色の小さなバッグを斜め掛けして、黒いレインブーツを履いた、大人の女性。長いまつ毛の下から覗く薄茶色の目と、つんと尖った唇。ゆるくウェーブした髪が、ちょうどいい感じで顔にかかっている。
    僕はそのきれいな横顔に、目を奪われた。
    きれいな人はたくさんいるけれど、彼女の美しさは、他とは違う。何と言うか、特別、だった。
    僕は携帯を見るふりをして、何度も彼女を見た。対角線上にいる彼女は、ずっと窓の外を見ていて、僕が電車を降りるときも、同じ姿勢のままだった。

    次の日はどんより曇っていて、今にも雨が降り出しそうな天気だった。
    僕はいつも自転車通学で、雨の降る日しか電車を使わない。電車に乗る理由ができたことに、僕の心は浮き立った。
    彼女にまた、会えるかもしれない。
    電車のドアが開き、彼女が昨日と同じ場所に立っているのが見えたとき、僕は嬉しくて声を上げそうになった。
    同時に、そんな自分をおかしくも感じた。
    もしかして、これが「好き」っていうことなのかな?
    僕は彼女を「好き」になったのかもしれない。
    でも、そう考えると急に、気持ちがしぼんでしまった。
    僕は彼女と喋りたいとか、付き合いたいとか、思っているわけじゃない。ただ、見ていたいだけだ。
    僕の今の感情を「好き」としてしまうと、大事なものが消えてしまう気がする。僕はそれが嫌だ。

    彼女を見かけた日からずっと、僕は電車に乗り続けている。彼女は僕の対角線上にいて、いつも窓の外を見ている。
    だから、目が合ったことはない。僕の存在を知っているかも、分からない。
    僕はそれに安心している。今は、彼女を遠くから眺めていたいから。
    梅雨よ、まだ、終わらないで。